L:動き出す石像={ ・動き出す石像(須藤 鑑正) 詩歌藩国の地下には、それを上回る規模の大神殿がある。 この大神殿がいつ、どのような経緯で建造されたのかは記録には無いが、それに頭を悩ますのは歴史家とその他いくつかのお仕事の人々なので、そのあたりはさておく。 というかこの神殿の存在自体、知っている犬は少ない。(猫に至ってはもっと少ない) 知っている者が少ないということは、まあ中の掃除をする者も少ないということで、大神殿の中は荒れ果て、地層に触れている一部には侵蝕の兆しもあった。 そして。 それについて愚痴をこぼすことができるのは、今、実際に大神殿の中を歩く、王犬シィのみである。 が、王犬シィは、愚痴を言うことなく、ただ。4本の足で怪獣の如く堂々と、てくてくてく、という足音を、静かだった神殿に大きく木霊させて、進んでいた。 大神殿の中には誰もいない。 かつては幾千もの信者が、参拝のために歩いたであろう広大な道路も寂しい通りとなって、旅人が喉を潤したであろう噴水ももはや枯れ果て、神官もはるか過去にこの地を離れた。 それでも、大神殿はやはり大神殿で、奉る物があれば、やはり奉り続けるのだ。 王犬シィは知っている。神様はそこにいると。 それはかつての神様ではないかもしれないけれど、信仰に沿って、そうあるべきと信ずるものが同じならば、やはりそれは同じ神様なのだ。 /***/ 大神殿の中央。 神像が安置された大広間には、ほどなくついた。 辺りを見る。 思っていたよりも荒れていない。 石埃や砂礫で床は汚れていたけれど、柱がところどころひびが入って意匠が台無しだけれど、それでも全体をみれば、そこにはまだ神秘性を感じさせるだけの趣が残っていた。 なによりも奥に収められた、両腕を僅かに上げて抱擁するように広げる、女神の石像が神々しい。 女神像の前には、古い古い文字で書かれたプレートがあった。解読すれば「シオーネアーラ」と読めたはずである。 その姿は、凛々しいだけの、怒ったような顔をした少女の像である。だが、それだけでは終らない、なにかがそこにはあった。 王犬シィは一度、頷いた。 この神殿を建てたものたちに。あるいは目の前に置かれた、正しくこの女神を彫ったものたちに。 敬意を表して、頷いた。 王犬シィは同じことを意味なく繰り返さない。 意味なく繰り返すたびに意思の重さが減っていくからだ。 だから、敬意を表したのも一度だけ。 王犬シィは頷いてすぐに彼らのことを頭の外に追いやった。 そして、王犬シィは、たった一度だけ吼えた。 威嚇するように、請い願うように、脅すように。 重く、低く、神殿中が震えるような大きな鳴き声で。 それは犬も猫も誰も彼もが振り向きたくなるような、雄雄しく立派な遠吠えであった。 そして、遠いどこかの、何かも振り向いた。 /***/ 大神殿が震える。 その上にある詩歌藩国はもっと震えただろう。(つまり、地震である) 女神をあしらっただけの、石を彫って造っただけの塊に何かが宿ろうとしていた。 変化が現れたのは、まずは瞳と額の宝石である。 ただの宝石だったはずのそれらが蒼く輝き、己の存在を確かめるように、不規則に明滅した。 次に変化が現れたのは、全体の表面である。 ただの石材だったはずのそれらに、額と両の瞳から、文様のような光の筋が伸びて、同じように不規則に明滅する、複雑な文様を石像の表面に描き出した。 鼓動。 不規則に明滅していた光のリズムが段々と安定していく。 鼓動。 王犬シィはそれを静かに見守っていた。 鼓動。 女神像の表面にヒビが入る。 鼓動。 王犬シィは前足を上げた。 鼓動。 女神像の表面が割れるような、澄んだ音を立てて、崩れ落ちる。 鼓動。 王犬シィはそこに、二本足で立ち上がって、それを静かに見守っていた。 鼓動。 その女神の肌は不屈の鋼鉄。それは無敵でも最強でもないが、たとえ粉骨砕身され、一欠けらの鉄と成り果てようとも、一握りの刃となって、あらゆる悪と戦うことを宿命付けられた、その証である。 /***/ 遠い遠い世界から、超次元接続リングを通して、石の塊を雛形にこの世界に現れたそれが、初めに見たのは堂々と二本足で立つ、小さな犬だった。 小さいはずなのに、それは何処までも大きかった。 どうしたものかと、石の塊だったものが考えていると、威風堂々とふさふさの尻尾をゆったりと揺らして、小さな犬は口を開いた。 「君を呼ばせたのは、君か?」 ――わからない。 「何のためにここに来た?」 ――護るために。 「何を?」 ――何かを。 答えつつ、シオーネアーラの女神像だったものは実は、自分を呼んだ声と目の前の犬の姿のギャップににちょっぴり混乱していた。 すごく大きな声に呼ばれて、来たはずなのだ。 なのに、実際に眼にしたのは小さい犬だった。 これはどんな喜劇だろう? 内心、首をかしげていると、王犬シィは前足を上げて、一歩進んできた。 一歩踏み出した、ただそれだけで、神殿がずしんと揺れた気がした。 もし、シオーネアーラの女神像だったものが呼吸できたら、息を呑んだであろう、そんな響きだった。 王犬シィが二本歩行を開始するとき、そこには物語が顕れる。 「君が護るためにここに来たというのなら、わたしたちは同じ志を持つ者同士ということだ」 でも、と王犬シィは綺麗に笑う。 「それとは別に僕は君と友達になりたいな」 右前足を、自分の何十倍もある鋼鉄の女神に差し出すように掲げた。 鋼鉄の女神はしばらく、戸惑ったようにじっとしていたが、おもむろに片膝を立たせ、右手の人差し指を王犬シィの目の前に差し出すように置いた。 そうすることが正しい気がしたのだ。 王犬シィ、掲げていた前足の肉球を女神の人差し指に当てる。 握手である。 ここに一匹の犬と一つの女神の、友情が結ばれた。 王犬シィは頷く。鋼鉄の女神も金属の軋む音を立たせて頷いた。 「今日から君も友達だ」 (崎戸剣二) →next? 女神像と同時に発見された石版。おまけ:動き出す石像 gifアニメ基礎作成:GIFアニメ工房 |
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