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zoom RSS 彼女の旅立ち- 士具馬 鶏鶴

<<   作成日時 : 2007/01/27 13:52   >>

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わんわん帝国のはじめての戦争が空振りに終わって、わんわん帝国宰相の怒りの矛先が国内に向けられ粛清の風が吹き始めようとしていた頃。

 その日、士具馬 鶏鶴は日課の朝刊配達の途中だった。紙面に踊る「大勝」の大文字。それを見て、初めて彼はこの日課が嫌になっていた。これから自分が配るこの新聞を見る国民の事を考えると罪悪感とも言いがたい感情が自分の中で目覚めようとするのが実感できた。
 彼も、戦いに参加した兵士だった。それも憧れのパイロットとしての初陣だった。戦争という状況を理解していながらも心躍るのは仕方ないことだった。だが、実戦は、彼の予想をあっさりと飛び越えていった。移動さえも困難を極め、まして顔すら見たことのない兵士達と連携をとることは彼にはあまりにも難しすぎた。何より、そんな移動を長距離続ける事から生じる精神の磨耗は彼を最後まで苦しめ続けた。結局のところ、彼に最も足りないのは「経験」だった。それも圧倒的に。小笠原の海に文字通り機体ごと飛び込んだ瞬間、彼は初めて「経験不足」という言葉の意味を理解し、かみしめた。そして、彼は戦場で小銃一発も撃つこともなく彼の初陣は終わった。自分の国に戻ってから聞いた今回の出撃に要された費用を聞いて彼は文字通り腰を抜かした。そんな額の国民の血税を使った挙句自分がしたのがピクニックとダイビングだったのかと思うと彼の胃がキリキリと痛み始め、その日は一晩中胃痛に苦しめられた。その痛みが国民に対する自罪悪感であることは明らかで、自分にまだこんな物が残っていたのかという驚きを頭の隅で浮かばせながら、
「・・・訓練だ、経験を補える程に訓練するしかない。この国で場数を増やす訳にはいかないんだから。」と、呟いた。

 そんな苦い経験をつい昨日した彼には、この新聞はあの胃痛を鮮明に思い出させるには十分な物だった。ただ事実を書き並べる訳にもいかない実情を知る者達が自分と同じかあるいはそれ以上の胃痛に苦しめられていることを想像するのは容易なことだった。
「・・・宮使いはつらいってこういう事なんですかね、師匠。」と愚痴めいた事をポツリと言った後最後の配達を終えた。

 さっさと集配所に戻ろうと踵を返したその時、見覚えのある顔、もといクセ毛が目に入った。
「あれは・・・たしか技族の豊国さん。」
何度か話した事のある陽気でどこか幼げに見える彼女は国民の間でもとても親しみやすい存在だった。そして、この国で誰もが認める立派な立派な「技族」だった。声をかけようかと迷ったが、彼女の太陽に映える横顔をみて士具馬は声をかけられなかった。

 今まで見たことのないような緊張した顔だった。だが、足取りは一歩一歩確かであり、後悔やそういう類のものが寄り付こうとはしない人間の顔だった。そんな表情を士具馬は見たことがあった。それは、かつて小悪党だった自分に声をかけてくれた師匠の横顔だった。その心構えが同じであるのが、この元小悪党あがりの貧乏兵士にはわかった。
 気にはなった。あの顔をする人はこれから危ない橋を渡るに違いないことは小悪党としての経験が彼に伝えていた。助けなきゃならないんじゃないのかと、彼の安っぽい正義感の声が頭のなかで響いた。
 でも、彼は知っていた。彼の師匠が教えてくれた。「自分の正義と他人の正義を混同するな。声を合わせるだけが正義ではない。」と。そして、何より小悪党としての彼の経験が知っていた。あの表情の人に必要なのは数ではないという事を。彼女には必要なときに助けを求める事ができる強さがあるという事を。
「・・・まったく、私の会う女性はどうしてこうも漢らしい人が多いんですかね。師匠。」
と、満足げに彼は言った。そして、その言葉を言えた事を、そんな瞬間に立ち会えた事の喜びを何度も何度も咀嚼しながら、彼女に向かって鮮やかな敬礼を送った。

 その日の午後、野暮用で足を運んだ政庁で彼はジェントルラット亡命騒ぎについてを聞き、全ての事に合点がいった。そして彼は、あのことを誰にも話さないことを決めた。

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